宝物・文化財

御本尊 木造釈迦如来坐像

御本尊 木造釈迦如来坐像

西龍寺の御本尊は釈迦如来坐像の拈華微笑の御姿である。

【拈華微笑とは】
釈尊が霊鷲山で百万人の弟子達を前に全く説法しようとせず、一本の華を手に摘んで示し瞬目した。弟子達はその真意が理解できず押し黙ったが、独り摩訶迦葉のみがその真意を悟り破顔微笑した。釈尊は「吾に正法眼蔵涅槃妙心有り、摩訶迦葉に付嘱す」と告げ大法を付嘱したという。

竹之宮延命地蔵尊

竹之宮延命地蔵尊

元禄年中大龍院御代御局方俄かに白髪となり病重くその時御城丑寅の方の方地蔵尊に願をかけと教へられ日参りし元の黒々とした髪となりのち日参をかかさなかったと傳へられている比地蔵尊は京都壬生寺の地蔵尊の一体分身の霊像なりと曰う。(西龍二十一世玄侑黙禅書)

本堂内 書

楢崎一光老師 真筆 『釣月耕雲古風慕」

楢崎一光老師 真筆 『釣月耕雲古風慕」

本堂内 画

栖崎通元老師 真筆 『菩提達磨大師」

栖崎通元老師 真筆 『菩提達磨大師」

鼠小僧供養塔

鼠小僧供養塔

「教覚速善居士」俗名 中村治良吉
鼠小僧は寛政九年(一七九七年)生まれの実在の盗賊であり天保三年(一八三二年)に浅草で処刑された。

こちらにあるのは供養塔で東京両国の回向院に墓がある。 石手川の土手で発見され持田村の寺院である西龍寺に運ばれてきたと曰う。

明治末期松山市内の新栄座で上演された歌舞伎の河竹新七作「鼠小紋東君新形」が大入りで
歌舞伎一座か新栄座が供養のために建立した。

金運祈願や合格祈願のために墓石を削り御守に持つ風習が盛んで、削られたことによる破断跡が残る。手前の「御前立ち」を削り御守りに入れてお持ち帰りください。

正岡子規の句碑

正岡子規の句碑

『鶏頭の丈(せ)を揃へたる土塀哉』
明治二十八年九月二十日に子規が柳原極堂と散策をした折に西龍寺の土塀を見て詠まれた俳句である。現住職が百二十三年後の平成三十年九月二十日に建立。

同日、松山子規会のご助力のもと子規の妹律の孫である正岡明氏を迎え句碑除幕式を厳修した。伊予の青石でできた句碑の周りには当時を偲び鶏頭の花が植えられている。